逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

私の心の支え

おはよーございます。

 


今日は私沈んでます。

 

千代の富士が昨日亡くなってしまった。
あまりに早い。

 

時事ネタはあまり書かないけど

 

私にとっては
とても大きなことだったので書かせてもらいます。

 



 

千代の富士
小学生時代の私の心の支えでした。

 


1975年生まれの私。

 

小学生時代、昭和50年代は


サッカー、バレー、バスケ
ゲーム、インターネットなどなど
今ほど庶民が楽しめる娯楽は多種多様ではなく

 

大げさに言うと
国民は野球か相撲かのどちらかに
熱中していたような気がします。

 


子どもの頃って
自分の中のヒーローっていたと思うんですが
それが私は千代の富士でした。

 


そのころは
今ほど飽食の時代ではないし
筋トレも一般的ではなかったから

 

あの体だけでもう超人に見えたんですね。

 


そして
あの端正な顔立ちに

 

寡黙だけど思慮深い言葉
真剣な顔にたまに見せる笑顔

 

そんな品のある完璧な大人は
周囲にはいなかった。

 

 


このブログで書かせてもらってますが

 

小学生時代
私は大変な状況でした。

 


そんなときに
なぜか分からないけど心の支えにしていたんです。

 

理想の父親像、兄像という感じでしょうか。
顔立ちも自分とどことなく似ていたので余計に
そう思ったのかもしれません。

 

 

 

あこがれとは違う
心の支えってありませんか?

 


あこがれは
この人に近づきたい

 

この人のようになりたい。

 

という感じですが

 

 

 

心の支えは

 

いつも心の中にいて
見守ってもらっているような

 

自分にとって

強く優しく美しく全能に近い存在。

 

直接何かをしてもらうわけではないけど
ピンチの時に助けてくれるような感覚。

 


存在だけに助けられる感じ。

 

 

 

みなさんは
これが親御さんだったりするんでしょうか。

 


小学生の時の私は
それが千代の富士だったんですね。

 


その後は
心の支えを無くしたり

 

めまぐるしく入れ替わったり
していったので

 

今現在は彼だったわけじゃないので
なんとか平常心でいられますが
でも胸にぽっかりと穴が空いた感じです。

 


普通はこの心の支えがずっと変わらないので
失ったときのショックは
とても言葉にはならないものになるんでしょうね。

 

 

 

ところで
今の私の心の支え

 

それは
自分自身です。

 


いま引かれた気がしますね。

 


寂しい人間だと思われたでしょうか。

 

 

 

心の支えというと
自分と同程度か

自分より強いと感じる存在

になるんではないでしょうか。

 

私は経験が特殊すぎて

そんな人には出会えないから

 

ずっと私は私が心の支えで

 

いつも強く優しく美しくいようと努力をして
自分を裏切らないように生きてきました。

 

 

 

それに
私自身の心の支えになる他者はいなくても
私自身を心の支えにしてくれている人は沢山いるから

 

結局
私はそれが心の支えになっているのかもしれませんね。

 


みなさんの心の支えは誰でしたか。

 

今は誰ですか。

 

 

 

 

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