逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

頭の良さは簡単に計れない

頭が良い人ってどういうイメージでしょうか。

 

多くの人は

 

成績が良い
学歴が高い
知識が豊富
頭の回転が速い
医師や弁護士、研究者など頭脳労働者

 

こんなイメージがありませんか?

 


もちろんこれも一つの指針ですよね。

 

でも
私が思う頭の良さは違います。

 

 

 

私がその人の頭の良さについて
ちゃんと知ることにこだわりを持っているのは

 

私自身が
自分の頭の良さを誤解していて
生きることに本当に苦労したからです。

 


私は
学校の成績は突出したものはあっても平均しては良くなかった。
良い大学も出ていない。
知識も多い方ではない。

ディスレクシアだったせいで本が読めず、表現が稚拙だった。

 

だから
自分のことを馬鹿だと思っていました。

 


頭が悪いのに
沢山のことを詳細に考えるのは
自分が面倒くさい人間だからだと思ったし

 

人と違う考え方をするのは
変でおかしい人間だからだと思ってきた。

 

そのせいで
頭を使うことを自分でセーブしてきてしまった。

 


自分より頭の悪い人にさんざん馬鹿にされても
それを受け入れてきてしまって
自分は馬鹿なんだと思わされてきた。

 


それで
自分の能力を生かすことも
自分らしく生きることも全く出来ませんでした。

 


私がやっと
自分自身の頭の良さに気づいてから分かったのは

 


学歴だとか知識の量だとか仕事ができるだとか
そういった「頭が良い」と思われやすい頭の良さは
ほんの一部なんだということです。

 


当たり前だけど

忘れがちなことですが
人が頭を使う場面や分野はもっともっと多いんです。

 

 

 


人生に困難が多かったら
それを乗り越えるために試行錯誤をするために
そこに頭の大部分を使います。

 


たとえば

 

ジャングルで生きようとしたら
毎日食べるためや

安全を確保するため
快適さを求めるために必死に頭を使うでしょう。

 

そんな人に
「勉強ができないから頭が悪い」
「知識がないから頭が悪い」
なんて判断はしないはずです。

 


安全を確保されていて快適さを与えられていて
自分を向上させることだけに集中できる人は
成績が良くて学歴が高くて良い仕事につけて当然です。

 

だから
お金持ちの家や家柄の良い家
両親が精神的に安定している家の子どもが
比較的優秀だとされるんです。

 


必然的に
家庭に問題を抱えている子どもが
優秀になりづらいのも当たり前のことで

 

安全を確保することが最優先で
家庭の問題に必死に頭をつかわなければならない。

 

勉強や知識を詰める方につかえなかっただけで
頭が悪いわけではないんです。

 

 

 


人生を人と楽しみながら過ごしたいと思えば
コミュニケーションに主に頭を使います。

 

そのためには
表現力や間の取り方、空気の読み方
人を笑わせたり喜ばせたりする方法
話術など
沢山頭を使わなければいけません。

 

これは単純に暗記の勉強をするより
よっぽど頭を使うと想像できます。

 

お笑い芸人の人や、人と楽しむことを大事にする人は
勉強や知識を詰めることに頭を使いたいと思わなかっただけで
じつは頭の良い人は多いんです。

 

 

 


人生を人と助け合って過ごしたいと思えば
自分の気持ちや人の気持ちを知ることや
自分の感情をコントロールすることに頭をつかいます。

 

毎日起こる出来事に沸き上がる自分の感情を知ることで
人の気持ちにも深く共感できる。
自分の気持ちをコントロールする事で人に嫌な思いをさせない。

 

これは一日中つづくことで
詳細さも必要で
相当頭を使う作業です。

 

思いやりがあって、人に深く共感できる人は
勉強や知識を詰めることに頭を使うよりも
自分のことを知って、人のことを知ることを優先させてきただけで
じつは頭の良い人は多いんです。

 

 

 

人生を知的好奇心を持って楽しもうと思えば
世界中の興味を引かれるものに夢中になり
それらを知ることやそれらを経験することに頭をつかいます。

 

自分の興味のあることを知り尽くそう極めようとして
沢山のことを知って身につける。

 

知りたいことややりたいことは限りがなくて
そこにずっと頭を使っている。
これは相当頭をつかう作業です。

 

何かを極めたり
専門家になるぐらい自分の好きなことに夢中になる人は
勉強や知識を詰めることに頭を使うよりも
自分の知的好奇心で頭を沢山使いたいだけで
じつは頭の良い人が多いんです。

 

 

 

こんなふうに
人は自分で選んで
様々な場面や分野に頭を使っているのに

 

みんなが頭の良さを判断するときは
学歴が高い、頭脳労働者など
分かりやすく「頭が良い」と思われやすい特徴だけを材料にする。

 


これでは全く真実を捉えられていません。

 


私は
その人がどこに頭を使ってきたか
を見ます。

 


分かりやすい「頭の良さ」以外に頭を使ってきた人は
自分のことを頭が悪いと思いこんでいる人が多い。

 

そうすると
本当はすごく頭が良いのに
自分に自信を無くしたり
頭を使うことをセーブしてしまう。

 


逆に多いのが
分かりやすい「頭の良さ」にだけ頭を使ってきた人は
自分のことを頭が良いと思いこみすぎている。

 

ここまで書いてきたように
勉強以外の頭の使い方をセーブすれば
それは成績はよくなるはずです。

 

そうすると
とても優秀な自分だから
人生を生きやすくするために
自分が使ってこなかった頭の部分を自覚できなくて

 

いつまでも
自分を知ろうとしたりしない
人とコミュニケーションの努力をしたりしない
知的好奇心を使って楽しもうとしたりしないで

 

「自分は頭が良いから人と上手く行かない」
と思いこんで
人を馬鹿にする態度で余計に人と上手く行かず
頭をフリーズさせ頭を使わなくなる。

 


カウンセリングに来る人は
このどちらかです。

 

自分を頭が悪いと思いすぎても
頭が良いと思いすぎても
人生は難しくなる。

 


このように
頭の良さは単純に計れません。

 


自分の頭の良さを上手に使うために

 

自分がこれまでどこに頭を使ってきたのか
自分がどこに頭を使いたいのか
どうバランスをとっていくのか考えてみましょう。

 

 

 

 

 

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