逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

ギフテッドの子ども時代の苦悩②

ギフテッドの子が
プライドが高いと誤解されるのにも理由があります。

 


子どもは子どもらしく
いつも元気で純粋で無邪気。

 

それが当たり前だと思われていますよね。

 

 

 

ギフテッドの子は
頭の中で活発に活動しています。

 


頭の中が活発に動いていればいるほど
外側から見える姿は

 

ボーっとして
覇気が無いように見え
無表情で
子どもらしさとはかけ離れてしまいます。

 


そんなふうに見えても
子どもらしい部分はあるんです。

 


頭の中で空想を楽しんでいるかもしれない。
知的好奇心を燃やしているかもしれない。
面白いことを見つけて心の中ではしゃいでいるかもしれない。

 


外側から見て
普通の子どもらしさが見えなくて
不安になっても

 

ギフテッドの子に対して
子どもらしくしろなんて責めないでほしいんです。

 


それは
ギフテッドの子どもに
純粋に楽しむことを禁止して
逆に子どもらしくいられなくしてしまうんですから。

 

 

 

ギフテッドの子が無邪気にはしゃぐのは
大人がイメージする子どもらしい遊びではなく

 

知識を増やすこと
考えること
想像すること
新しい発見をすることなどです。

 


大人に様々な趣味があるように
子どもにだって様々な個性があるんです。

 

読書が好きな人がアウトドアを強要されたらどうでしょうか。
スポーツを好きな人が絵を描くことを強要されたらどうでしょうか。

 

楽しいことを禁じられ
伸ばすことの出来る能力を塞がれる。
これはとても苦しいことです。

 

 

 

ギフテッドの子は
いつも不服そうに見えたり
多くの子どもが楽しむことを楽しまないことには
このような理由があるんですが

 

これが
プライドが高そうに見えるんですね。

 

 

 

また
子どもは一時的に万能感を持つものです。

 

自分が出来ないことを棚に上げて
自分はすごいと思ってしまう時期があって当然なんです。

 


ギフテッドの子は
実際に知っていることや分かっていることが多いので
それを口にして大人をやりこめたりしてしまうんです。

 

子どもらしく

未熟な故に万能感を持つ姿には見えないんですね。

 

ただ偉そうに映ってしまうんです。

 

 

 

子どものくせに
プライドが高い態度。

 

それは誤解されますよね。

 

でもこのような理由で
ギフテッドの子は仕方がないんです。

 

 

 


次にずるいということ。

 

 

 

自分の要求を通すために屁理屈をこねる。
どうしても嫌なときにズルをしてすり抜けようとする。

 

これも子どもならよくやることですよね。

 


こうやって
コミュニケーションをとったり
要求を通すためにはどうしたらいいかと頭を使う

 

ズルがバレて落ち込んだり
親が悲しんでいるのを見てやめようとしたり
ちょっとのズルを許容してもらったりして

 

成長をしていくんでしょうね。

 

 

 

ギフテッドの子どもが大変なのは

 


要求を通すための屁理屈が屁理屈ではなく
大人の心を読んであやつれてしまったり

 

ちょっとのズルのつもりが
かなり巧妙で

ばれずにすり抜けてしまったりします。

 


それが明らかになったときに

 

子どもとは思えないその巧妙さに
大人は驚き
恐れたり嫌悪したりして

 

「ずるがしこい人間だ」
「子どもらしさがない」
そんなふうに感情をぶつけます。

 


結果的に
恐ろしく見えてしまうのは分かります。

 

子どもが巧妙に考えるのは怖いですよね。

 


でも実際は

 

ギフテッドの子どもは
子どもらしくゲーム感覚で
自分の思い通りにするために
一生懸命に知恵をしぼっただけです。

 

それがクオリティが高いから
ずるがしこい
怖い子ども
なんて言われてしまうんですね。

 

 

 

こんなふうに

 

ギフテッドの子どもは
実は子どもであれば当然のことをやっているだけなんですが

 

子どもらしく映らず
大人を恐れさせ

 

結果的に
悪い子どもであるかのように扱われてしまうんです。

 


そうして長い間
人によってはずっと

 

小さい頃に植え付けられた自分像で

 

自分はそういう人間だと
思いこんで生きていくことになってしまうんです。

 

 

 

 

 

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