逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ASD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

自叙伝⑧感情を感じられない私

おしゃべりだった私
明るく元気な私
衝動で激しい行動をとる私
積極的に人と関わる私
ストレートにものを言う私

 

外から見える私は
どう見たって傷つきやすく繊細に見えない。

 


だから
私の中にある
これまで書いてきたような大きな困り事は
絶対に誰にも理解されなかった。

 

「悩みなんてないでしょ」
「いいなぁ。お気楽な人間は」
「あなたみたいな人には苦しんでる人の気持ちは分からない」

 

これが大きな苦悩を抱えていた私が言われてきた言葉
今でも言われる言葉だ。

 

 

 

私の経験から分かったのは

 

外から見える姿と
内側に抱えている自分の思いとのギャップが大きければ大きいほど

 

人からは理解されないし
人からの助けは得られないし
傷つくことは増えるということだ。

 

これが大きな大きな心の負担になっていく。
人生はとても厳しいものになっていく。

 

 

 


私は自分の感情を口にするのも
自分の思いから行動を起こすのも苦手だった。

 


外から見た私は

 

何でも言いたい放題で
自分のわがまま放題に動く子どもだったんだと思う。

 

私自身も
自分は言いたいことをすぐに口にする性格の悪い人間だと思っていた。

 


振り返ってみて分かるのは
私は自分の感情を感じることも言葉にすることも
ほとんど出来ていなかった。

 

それは私にとってはとてつもない脅威だったからだ。

 


自分の感情を少しでも感じると涙が止まらなくなった。
時も場所も選ばず涙が止まらない。

 

いつも感情には名前がつかなかったけれど
それは大きな大きな感情だった。

 

まるで
一番大切な人を亡くしたような
長年必死の思いで積み上げてきたものを簡単に壊されたような
何の理由もなく殴りつけられたような・・・

 

涙が止まらなくて当然の大きな感情だった。

 


人から見れば
ただ訳もなく泣き出す情緒不安定な子どもだったから
たいていは面白がって笑われる。

 

自分が本気で打ちひしがれている時に笑われるということが
どれだけの絶望か
とても言葉にはならない。

 


多くの人はそんな経験は無いのではないだろうか。
目に見えて悲惨な場面で打ちひしがれている人を見て笑うほど
人は残酷ではないと思う。

 

目に見えて悲惨な場面に見えない時に絶望してしまう私。
本気で打ちひしがれていることが伝えられない私。
そのたびに笑われて絶望する。

 

これによって
どんなに悲惨な状況でもただただ泣くことが出来なくなった。

 

いつでも泣きながら笑うのが私の癖になった。

 

 

 

笑われるだけではない。
笑われているうちはまだ良かった。

 

いつまでも泣き止まないと
叱られたり嫌悪されたりするのだ。

 


養父に「泣くんじゃねぇ」とどれだけ叱られただろうか。
必死に泣くのをやめようやめようと
どうしても出てしまう強いしゃっくりを止めようとしている
強い胸の痛みを覚えている。

 

先生に授業の邪魔になるから「もう知りません」と無視されたり
友達にも「みんな困ってるよ」「すぐ泣くんだから」と
ただ厄介扱いをされていた。

 

目に見えて悲しい場面ではない時に涙が止まらない私。
なぜ泣いているのか言葉にできない私。
その度に叱られ嫌悪され、自分が情けなくて自分のことが嫌いだった。

 

これによって
どんなに傷ついても悲しくてもちゃんと嘆くことが出来なくなった。

 

嘆く自分は弱く情けないと嫌悪して自分を責めて
どんなにつらくても、平然と他人事のように話すのが癖になった。

 

 

 

なんで泣いているのか理由が分かっていれば
子どもの涙は可愛いものかもしれない。

 

でも理由も分からずいつまでも泣いている子どもは
誰にとっても
罪悪感を感じさせる、不快にさせる、困った存在だったんだろう。

 

 

 


自分がネガティブな感情を感じると必ず

 

笑われたり
叱られたり
呆れられたり
嫌悪されたりする

 


こんな経験ばかりを積んで
私は学んだんだと思う。

 


「ネガティブな感情を感じることは危険だ」と。

 


こうして私は
強い感情を感じそうになると
シャッターが降りるかのように何も感じなくなった。

 

普段から強い感情を感じないように
ヘラヘラと笑いながら過ごすようになった。

 

 

 

これが

 

外から見える姿と
内側に抱えている自分の思いとの
ギャップの大きさの原因なのだと思う。

 


本当に悲しんでいい場面
本当に怒りを持っていい場面
本当に嘆いていい場面でも

 

私は明るく笑っていたり
何でもないように過ごしたりしてしまう。

 


もっと激しく感情が喚起する場面では

 

私は無感情になって
よそよそしいような
話を聞いていないような
他人事のような感じになってしまう。

 

 

 


本当に苦しいときこそ
ヘラヘラと笑ってしまうから

 

悩みが無さそうで気楽な人間に思われて当然だった。

 


本当に苦しいのに
淡々と無表情で何でもないようにしてしまうから

 

誰も苦しさを分かってくれないし助けてくれない。
強く見られて頼られてばかりなのも当然だった。

 

 

 

今になって分かった。
適切な場面で適切な量だけ感情を見せるのは
対等に人と仲良くしていく上では絶対に必要だと思う。

 

 

 

私はすごく変わり者で問題を沢山起こしてきて
嫌われたり疎まれたりもした場面も沢山あったけれど

 

ほとんどの場面で
明るく元気で
弱音を吐かない強い人だったから

 

リーダーとして求められたり
一部の人に崇拝されるほど好かれたりすることは多かった。

 

冷静に思い返すと
人に嫌われたり疎まれたりしたのと同じかそれ以上に
私は人に求められてきたのだ。

 


このおかげで
虐待があっても発達障害があっても
私は生きてこられたと思っているけれど

 

一方でこれは本当につらいことだった。

 

 

 

どんな時でも明るく元気に振る舞って
ネガティブな感情を一切見せないとどうなるかというと

 

自分の弱さを受け入れてくれない人ばかりが集まる。
自分の良いところしか見てくれない人ばかりが集まる。
表面上だけの付き合いだけになる。

 


こんな人間関係が全てである状況を想像してみて欲しい。

 


どんなに好かれていても孤独だ。

 

人には弱さもダメな所も見せられないから常に激しく緊張する。

 

自分が勝手にやっているけれど人に利用されているような空しさばかり。

 

 

 

ネガティブな感情を感じてはいけないと学んでしまったから

 

どんな時でも明るく元気に振る舞って
ネガティブな感情を一切見せなくなった。

 


そうしたら
もっと明るく元気に振る舞わなければいけない
もっとネガティブな感情を見せてはいけない環境が出来てしまった。

 


もう強迫的に完璧に

 

人前では明るく元気に振る舞って感情を一切見せないようになり

 

一人になったときにスイッチが切れる。

 


疲れ果てた頭と心と体で考えるのはいつも

 

自分はなんのために生きているのか
自分は何者なのか

 


全く分からない。

 


だけど
偽りではあっても

 

みんなに求められ賞賛されることで何とか生きていたから
こんな生き方をやめてしまうことは絶対に出来ない。

 

 

 

いつも
いつ爆発するか分からないギリギリの状態だった。

 


この状態で自分を理解してくれそうな人
距離を近づけてくる人が現れるとどうなるかというと

 

爆発する。

 


私はそのタイミングで
境界性人格障害が発症したのだ。

 


境界性人格障害のことはもう少し後に書かせてもらう。

 

 

 


私は生まれ持って感じる感情がとてつもなく大きかった。

 


それによって起こした行動は

 

努力不足なわけでも
自制心がないわけでも
自己中心的なわけでも
劣った人間なわけでもなかった。

 


それを全く理解されず
ネガティブな感情を感じられなくなったしまったせいで

 

私は人生がとても苦しいものになった。

 

 

 

強い感情は感じていい。
変なんじゃなくて豊かな人間性だから大丈夫。

 

弱くたって崩れたっていい。

 


そう昔の私に伝えてあげたい。