逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

自分は間違っていないという人は間違っている

「自分は間違っていない」

 

そう考える事ってありますよね。

 


感情的になった時に
私もそんな思いが頭によぎります。

 

 

 

内向的で頭が良く
熟考できる人は

 

論理的に考えることが出来るので
筋が通っていて
実際に間違っていない事も多いですよね。

 

 

 

でも
間違っていることがあるんです。

 


論理的であっても
間違っていることがある。

 

不思議ですよね。

 

 

 

論理的に考える人は

 

狭い部分を深く掘り下げる考え方をする
傾向があります。

 


物事を多面的にではなく
一面的に捉えがちになります。

 

 

 

でもちょっと考えてみてください。

 


多面体の正二十面体を
一面的に見たとき

 

一面だけ見て
「これは三角形だ」
と言ってしまったら

 

これは間違いになりますね。

 

その物体は正二十面体ですから。

 

 

 

「正二十面体なのは知っているが
 自分が見えている一面だけ切り取ると三角形に見える」
だったら
間違いにはなりません。

 

 

 

これに似たようなことが
日常の議論で起きているんです。

 


自分が見えている範囲では間違いではなくて
しっかり捉えている。

 

でも
自分が見ているものが
自分が見えているもの全てだと捉えてしまったら

 

それは間違いになってしまいますよね。

 

 

 

かといって
いつも多方面から全てを把握する事なんて出来ません。

 


だから

 

自分が見えている部分で把握していることは
間違っていないけれど
そのもの全体は見えていない部分がある。

 

と常に考えることが大事ですね。

 

 

 

ここを気をつけても
まだ間違うことがあります。

 


もし
多面体をありとあらゆる方向から眺めて
確実に捉えられたとしても

 

まだ間違う可能性は残っています。

 

 

 

人間にはエラーがあります。

 

 

 

多面体が動いていたら

 

動いた瞬間の見え方は変わり
違う形に見えるかも知れません。

 


多面体を見ているときに
集中力を無くして
見まちがえをするかも知れません。

 


ここが抜け落ちている人は多いんじゃないでしょうか。

 

私も抜け落ちてしまいやすいです。

 

 

 

どんなに観察眼にすぐれていて
多面体をしっかり捉える力があり
いつもは精度が高くても

 

うっかりミスがあるかもしれません。

 

 

 

「私は間違っていない」

 


そう主張するとしたら

 

常に自分は

 

物事を多面的にとらえ
どんな小さなものも見逃さないし
絶対にミスはしない

 

こんな自信がある人だけですね。

 


こんなことは不可能ですよね。

 

 

 


それに
人間性や人生といった

 

目に見えないものや
潜在的な部分が多く不安定で流動的なものは

 


多面的に見てもキリがなさそうです。
完璧に穴が無い見方なんて出来ませんし
見過ごすことだって沢山ありそうです。

 

 

 

私もついつい
感情的になると分かった気になりやすいです。

 

「あの人はこういう人だ」
「人間なんてこういうものだ」
「人生経験からこれをしたらこうなる」

 

といった感じです。

 


当たっている部分はあっても
まだまだ穴だらけなんですよね。

 


「自分の経験が一部分なのは知っているが
 自分が経験や見えているところだけで切り取るとこう見える」

 

「変化や見落としがあるから、言い切ることは出来ない」

 


これを
常に頭に置いておきたいですね。

 

 

 

自分や人、人生について語るなら

 

「私は間違っていない」

 

そう思っている人が

 

結果的に
間違っているということになりますね。

 

 

 

 

 

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