逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

大丈夫という人は大丈夫じゃない

「私はストレスなんてない」
「あるけどこの程度は大丈夫」

 


こんな人っていますよね。

 


でも本当にこのような人たちは
人より強いから大丈夫なんでしょうか。

 

 

 

答えはNOです。

 


私のカウンセリングを求めてくる人は
このような人がすごく多い。

 


こんなあなた。

 

大丈夫じゃないんですよ。

 

 

 

ストレスがないんじゃなく
強いから大丈夫なんじゃなく

 


・目の前のことに必死になっていて
 自分が限界であることに気づかない。

 

・つらいことを見ないクセがあって
 自分がつらいことに気づけない。

 

・自分のつらさより人のつらさばかり優先して
 自分は我慢を続けていることに気づけない。

 


こんなことなんです。

 

 

 

これじゃ

 

いつも限界ギリギリです。

 

いつも人を優先して自分はボロボロです。

 

いつも苦しいので人生が楽しいわけがありません。

 

 

 

きっとあなたは

 


なんで自分は

 

「人とリラックスして楽しめないんだろう」

 

「こんな面白味のない人間なんだろう」

 

「人生が苦しいだけなんだろう」

 


ずっとこんなふうに悩んできて

 

さらに自分を改善しようともがいて
努力を増やしてきたんでしょうね。

 


そしてまた
苦しみは増えていく。

 

 

 


私もそうでした。

 


人に尽くして
人の世話ばかりやいて
自分がどんなに苦しくても笑っていて

 

いつも限界ギリギリで
それでも人のことを考えつづけて
自分は大丈夫と言いつづけて

 

自分はダメだと責め続けて
さらに自分を改善しようと努力をつづけました。

 


そして
自分が壊れていきました。

 

 

 

こんな私たちは

 


元はと言えば

 

人に迷惑をかけないように
一人で責任を負おう

 

人が好きだから
人が困っていたら
自分がつらくてもいいから助けたい

 

みんな事情があるんだから
人は責められない

 


こんな考えで

 

すごく責任感がつよく
すごく優しく
すごく思慮深かった。

 

 

 

なのに
限界ギリギリだったり
自分が壊れてしまったせいで

 


感情のコントロールができなくなって
思考が回らなくなって
リラックスできなくなって

 


限界をむかえたときに

 

感情を爆発させたり
人に責任を押しつけたり
自分を守りすぎたり
無感情になったりして

 


「無責任な人間だ」
「自己中心的な人間だ」
「人の気持ちが分からない」
「面白味のない人間」

 

と責められてしまう。

 


客観的に見ても
さんざんな人生ですよね。

 


このままでいいんでしょうか。

 


本当はすごく人間くさくて優しいはずなのに
自分を犠牲にしすぎたせいで

 

冷淡になって
嫌な人間になって
人から疎まれていく。

 


ダメですね。

 

こんな人たちこそ
ちゃんと愛されなきゃいけないんです。

 

もっとその持ち前の優しさを
形にしなきゃいけないんです。

 


そのためにはどうしたらいいか

 

わかるでしょうか。

 


もう

 

「自分は大丈夫じゃないんだ」

 

と認めることです。

 


怖いですね。

 

大丈夫じゃないと認めたら
崩れてしまいそうですね。

 

大丈夫じゃない自分には
価値が無くなって
誰も見向きもしなくなるんじゃないかと
不安ですね。

 


分かります。

 

私もそうでした。

 


でも
あなたは大丈夫じゃなくていいんです。

 


最初から

 

自分勝手で
無責任で
優しくない人は
「私は大丈夫じゃない!」と主張しても
嫌がられてしまうかもしれない。

 


でもあなたは

 

ずっと
人のことを考えてきた。
一人で一生懸命頑張ってきた。

 

そんなあなたが
「大丈夫じゃない」
と認めたら

 


そのとき初めて
人が温かく迎えてくれます。
人が助けてくれます。

 


あなたがやることは

 

これ以上
頑張ることを増やしていくことじゃない。

 

「自分は大丈夫じゃない」
と認めることなんです。

 


あなたは大丈夫じゃなくたって
大丈夫なんです。

 

 

 

 

 

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