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逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

見えないところに感謝するということ

こころの健康

こないだスーパーで見かけた
老夫婦の様子

 


まくしたてるように話す奥さん

 

「あの人ってあぁいうところが嫌よね」
「そういえばあそこの奥さんも色々大変みたいだけど
 ちょっと感じ悪いわよね」

 


人のうわさ話や
上から目線の話
ただ自分が思っただけの話

 

それをマシンガンのように話し

 

黙ってうなずく旦那さんに

 

「ちょっと聞いてるの?」
「なにを考えてるんだか」
「あーストレスたまる」
「何も言わない」

 

なんて文句を言っている。

 


これに似たような場面に
本当に多く出くわします。

 


こんなときに
いつも思うんです。

 


確かに
相手の反応が薄いことは
寂しいしつまらないと感じるかも知れない。

 

だけど
あなたの自分語り
オチも何もないつまらない話し
噂話や悪口ばかり

 

そんな話を黙って聞いてくれる人が
どれだけいると思うのか。

 

あなたの望み通り
ちゃんと聞かれたら
ちゃんと返答されたら

 

普通は
否定されたり
正論を言われたり
自分の話にすりかえられたりするものだ。

 


この旦那様のような
受動的な人が与えているものというのは
目に見えづらい。

 


私の話をします。

 

私も受動的な人が与えているものが
全く見えていませんでした。

 


私は
いつも
自分が人に沢山与えていて
人は自分に何も与えないと思っていました。

 


自分ばかり

 

人を励まして
人に教えて
人に影響を与えて
人を喜ばせて
人を笑わせて
人にプレゼントを贈って

 

人はそれを全くしてくれない。

 


いつもそんなふうに思っていました。

 


でも
ある時

 


そんな周囲の人が全員いなくなったら?
と考えたんです。

 

本当に何もしてくれないなら
いなくなっても何も私に影響はないはずだと。

 


確かに
いなくなっても
何の影響もないと思える人もいました。

 

でも何人かは
いなくなったら困る
と思ったんです。

 

 

 

思い返すと
その人たちは

 


私の話を何もいわずに聞いてくれる

 

私が声をかけたら駆けつけてくれる

 

いつも私を尊敬してくれる

 

いつも私の味方でいてくれる

 


それがどれだけありがたいか
気づいていなかった。

 


私のように
分かりやすく与える者は
感謝されやすい。

 

でも
受動的な人は
こういうふうに目に見えづらいけど
ちゃんと人に与えているんですね。

 


たしかに
私の方が量的に与えていて
バランスがとれないことは多いけど

 

それは私が勝手に与えていただけで
バランスをとりたかったら
ちょうどいいと思えるだけ与えたらいいだけです。

 

 

 

私たちはつい

 

お金や物だとか
力とか
わかりやすいものばかりみてしまうけど

 

目に見えづらいもの
受動的な人から与えられているものに
気づけない。

 


だから
本当のことが見えず

 

自分ばかり与えていると横柄になって
人は与えてくれないと不平不満が多くなって

 

感謝ができなくなってしまいます。

 

 

 

きっと
あなたも
目に見えないところで

 

誰かに与えられて
恩恵を受けている。

 


これを是非考えてみて欲しいんです。

 

 

 

 

 

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