逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

ちゃんと遊ぼう

おはよーございます。

 


ねむい。
ねむすぎる。

 

よくやってしまうことなんだけど

 

布団に入ってから
その日話したクライエントさんを思い浮かべ

 

「良い人だったなぁ」
「もっとこうすれば魅力出るから次に提案しよう」
「つぎはこの話をしよう」

 

なんて
考えがとまらなくて
わくわくしだして
眠れない。

 


これがカウンセリング前後で始まるから
結局一日中仕事しているみたいになっちゃう。

 


クライエントさんに対して
仕事をしすぎてることを心配するくせに
自分がそうなってるんだよねぇ。

 

まずい。

 

ちゃんと休まなければ。

 

 

 


遊びが不足すると

 

精神状態が悪くなって
カウンセリングに影響が出るから

 

私はもう
仕事の一部だ!と
がんばって遊ぶ。

 


遊びについては
クライエントさんにもよく話すし
記事にもがっつり書こうと思ってるんだけど

 

こころの健康には必須。

 


自分と向き合うとか
自分を癒すとか
思考の仕方とか
まぁいろいろ
こころの健康について語られているけど

 

このことが軽視されているんだよね。

 


私は主張したい。

 


遊ぶことこそ
こころの健康を保ち
才能を伸ばしていくのだと。

 


遊びのイメージが悪いのは
遊んでいる人のイメージが良くないからだと
私は思っている。

 

なんか
現実逃避の手段って感じで

 

がっつり遊んでいる人は
なんだか

 

うぇーい
って
妙にテンション上げている感じ。
頑張って遊んでる。

 

あれって
私からするとちゃんと遊べていない。

 


楽しくて仕方ない自分を
演出している感じ。

 


遊びって
実は学習するもので
簡単ではない。

 

子どものころに
遊びを学んで

 

遊びによって
思考力、判断力、行動力なんかを高めていく。

 


それなのに
クライエントさんは
遊びを学んでこなかった人が多い。

 


そのせいで
自分の能力を生かせてない。

 

 

 

じゃあ
遊びってどういうことをすれば?

 

なんて思うでしょう。

 


なんでもいいんです。

 

自分がわくわくして夢中になって
勝手にテンション上がっちゃうものであれば。

 

一人だっていい。

 


一人で遊べるようになったら
それを楽しめる人と二人で。

 

その次は
三人以上で。

 

誰かと一緒に楽しむ
というのも学びです。

 


遊びらしい遊びじゃなくても
遊びにしてしまえるのが一番いい。

 


私の話をすると

 

たとえば

うちのお店の壁紙貼り。

 

面倒だと思えば仕事になる。

 


でも私と友人は

 

「壁紙貼るの初めてだから楽しみ」
「のりドゥルドゥル」
「がしがしがし(こする)テンション上がってきた!」

 


完全に遊びにしてしまう。

 

 

 

うちの周りの草むしりも
友人と競争したり
虫におびえたりしながらゲラゲラ笑ってやる。

 


なんか
夢中になってわくわくして
笑えたらいい。

 

自然にね。

 

だから
なんていうか

 

テンションを
不自然にあげてくもんじゃない。

 


お子さんがいる人は
お子さんとそうやったらいいんじゃないかな。

 


お子さんの遊びの教育になって
自分の遊びの学びになる。

 

親が本気で楽しんでいる姿は
きっと
なにより素晴らしい教育だ
なんて
私は思ったりしている。

 

 

 

話がずれちゃったけど
遊びは
こころの健康を保つし
思考や判断力などの能力の向上につながるし
人間関係を円滑にする。

 

すごいもの。

 


楽しまなきゃ
じゃなく
楽しんでみよう。

 

 

  

 

 

 

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