逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

人ができない理由が分からない

なんでこの人は
こんな当たり前のことができないんだろう

 

なんでこの人は
こんなことが分からないんだろう

 

なんでこの人は
こんな非常識なことをするんだろう

 


こんなふうなこと
日常的に頭に浮かんで

イライラして

 

自分はなんて小さい人間なんだ
自分は怒りっぽい
自分は人を見下して性格悪い

 

なんて考えている人いませんか?

 


安心してください。
これには
ちゃんと理由があります。
あなたの問題ではありません。

 


このような悩みを持つ人は
分け隔てなく様々な人と交流を持つ人
IQが高いのに成績は優秀ではない人
に多いのです。

 

成績が優秀であれば
当たり前ですが
同じようなIQの程度の人と
交流をもつ機会が多くなります。

 

しかし
成績にIQが反映されないと
IQの差がある人との交流が主になります。

 

また
成績優秀であっても
どんな人とも交流を持とうとすれば
もちろんIQの差がある人との交流が多くなります。

 

このことは
かなり大変なことですが
皆さん自覚が無いのです。

 

IQが高ければ問題は無い
そう誤解しているからです。

 

ところが実は
IQは20離れていると会話が難しくなるのです。


そのため
心理学的には
高すぎるIQも知的障害と診断されるのです。

 

ということは
IQが高ければ高いほど
会話が難しい相手が増えてくる
ということです。

 


どうしてこうなるかというと

 

IQが高い人は
自分が分かっていることは
相手も分かっている
と思っていますが

 

実際は
自分が分かりすぎている
だけで
相手が分からない
ことが沢山あるのです。

 

最初の話に戻ると

 

人が当たり前のことができないのは
人が無能なのではなく


IQが高い人が

当たり前のことと思っていることが
一般的には難易度が高いのです。

 

 

人が非常識に見えるのは
人が非常識なのではなく


IQが高い人が

気付きすぎることがあるのです。

 

 

人が頭が悪く見えるのは
人が頭が悪いのではなく


IQが高い人が
頭が良すぎるということが多いのです。

 

こんなことが起きているのです。

 

確かに
もっと
考える努力ができるはず
もっと
考えようとしたらいいのに

 

そう思います。

 

でもそれは
考えることが得意な人の言い分であり
そうではない人は
かなり難しく負荷が高いのです。

 

どうしても理解できないなら

それでもいいと思います。

 

だったら
なるべく同じような人とだけ
つきあうようにするしかありません。

 

でも
出会いを大事にして
多くの価値観を得たい

そう思うなら


分かること
気付くこと
考えること
は当たり前のことではない
と知りましょう。

 

分からないこと
気付かないこと
考えないこと
も一つの魅力であり

 

IQの高い人が持つのが難しい
大らかさや楽観性
人に与える安心感
なのだと知りましょう。

 

分かりすぎる私たちも
悪くないし

 

分からない人たちも
悪くない。

 

分かりすぎることを自覚して

押し付けない

 

分からないことを自覚して

分かったふりをしない

 

お互いに自覚すれば

無駄にいがみ合うことは無くなります。

 

 

 

 

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