逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

大人のADHD①ー大人になると大変ー

ADHDが大人になると
子どもの頃より
大変なのではないかと思います。

 


子どもの頃は

 


親の助けや励ましもあります。

 


学校では周りと馴染めないことは
本当に大変ですが

 

静かに嵐が過ぎ去るのを待つ
という方法もとれたり

 

変わっていても
他にも変わっている子がいたり
勉強やスポーツ、明るさなど
他で少しカバーできるところもあります。

 


感情のコントロールが悪かったり
規則が守れなかったりしても
思春期には
他の子どもにもそういうところがあるので
少し隠れられます。

 


これが大人になると
どうなってしまうでしょうか。

 


職場の悩みや人間関係など
親に助けてもらえません。
親も大人になった我が子を
全面的にフォローできなくなります。

 


大人になると
対等な人間関係が望まれるため
静かに嵐が過ぎ去るのを待っていても上手くいきません。
それが上手くいく相手は
自分をコントロールしようとするような大変な相手だけです。

 


大人になると
なによりも
社会に適応できるか否かで評価されます。
どんなに才能があって個性があっても
ADHDは低い評価を与えられることになり
自尊心はより低められます。

 


大人になると
社会での人間関係は
平均値に近ければ近いほどよしとされます。
平均値から遠く離れたADHD
思いやりがあっても魅力があっても
変わった人と見なされてしまいます。

 


大人になると
感情のコントロールが利くことが
当然だとされています。
感情のコントロールが難しいADHD
単に幼稚、おかしい人と見なされてしまいます。

 


どうでしょうか。

 

本当に大変です。

 

ADHDが大人になってから
心の病気になるのも当然だと思います。

 


ADHDはできない
健常者はできる
そんなふうに捉えられてしまいますが

 

私は単純に
社会のルールが
ADHDには完全に不利なルールになっているだけ
だと思っています。

 

だからといって
社会のルールが悪い!
自分は悪くない!
と言いたいわけではありません。

 

どの時代もどの場所も
多数派のルールが出来上がるのは
当然ですから。

 


でも
私たちが理解しておかなければならないのは

 

私たちは
かなり不利なルールに従いながら生きている。
それを周りは知らない。
という事実です。
ものすごく不利なルールでゲームをしたら
負けて当然、出来なくて当然
なのに
諦めずゲームを続けていることが凄い。

 

ということです。

 

ただ
出来ないことが多いんじゃなくて
出来ることを発揮するルールになっていない
から
出来ないことばかりになるんです。

 


私は
頑張って社会に適応しようとしている
大人のADHDの方に
これを分かって欲しいと
いつも思っています。