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逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

ギフテッド⑫

ギフテッドは
死に対する興味が早いのです。

 

これは
希死念慮のことではありません。

 

全てのことに対して
年齢より理解が早いので
必ず最初にぶつかる
身近な正体の見えないものである死
に漠然とした恐怖を抱くのです。

 

私は小学校に上がる前に

死を思って号泣することを頻繁にしていて
最初は馬鹿にしながら笑っていた里親も
あまりにしつこいので怒りだしました。

 

それからしばらく考えるのを
止めた経緯があります。

 

でも
それからも
つねに頭には死があるんです。

 

何度も言いますが
これは
死にたい
ということではありません。

 

ギフテッドは
世の中の真理を知りたくて仕方がない
という
特徴を持っています。

 

世の中には分からないことが
沢山ありますが
だいたいは
今の時点でこのぐらい研究で明らかになっている
という情報があるんです。

 

なのに
死ぬとどうなるかについては
なにも明らかになっていないんです。

 


それに
正しい・間違っているとか
お金とか
地位とか名誉とか
罪とか
幸せとか
時代や場所、人によって変わる物が多くて
絶対的な物なんて無いのに

 

死だけは絶対的な真理なんですよね。

 

テロメアが尽きる120歳程度が限界。
だけど平均寿命は80歳程度。
人間は100パーセント死ぬ。
これだけすごいことが分かっているんです。

 

なのでギフテッドの頭から
死の存在が無くなることはありません。

 

皆さん
読んでいて不快になって
死についてなんて考えたくない!
そう思ってるんじゃありませんか?

 

そうですよね
死について考えるって
すごく不安だし苦しいですよね。

 

だから
みんな見ない振りするんです。
まるでいつまでも今が続くかのように。

 

だから
一生懸命生きないんです。

 

近い方を亡くす
ご病気で命の危険を感じる
という辛い経験がある方は
死について考えたからこそ
懸命に生きてらっしゃいます。

 

ギフテッドも一生懸命をやめられないのは
死がつねに頭にあるから
だと私は考えます。

 

つねに
あと何年しかない。
あと何年でどれくらい役に立てるだろう。
そんなふうに逆算します。

 

私は30歳のときには
老後の本や終活の本を読んでいました。
変な目で見られます。
でも
10年ってあっという間ですね。
それが5.6回と思うと
やっぱりあっという間です。

 

今でも
週に一度は
死が頭をよぎります。
死ぬときってどんなだろう。
死ぬまでに私は持てる力を全部出せるだろうか。
もしかしたら
明日死ぬかも知れない。

 

馬鹿らしいと思われるかもしれません。

 

でも
それで
一生懸命生きられるならいいじゃないですか。

 

それに
こんなふうに考えている私たちの方が
真実を受け入れているだけです。

 

 

 

 

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