逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ASD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

人に対しても自分と同じことを強いてしまう

とにかく自分に厳しくてパワフルで

人にも厳しい人っていますよね。

 


連帯責任という状況ではないのに

自分はこんなにやってる!
だからおまえらもやらなきゃだめだ!
猛烈に厳しい人。

 

いますよね。

 

 

自分が忍耐の人生を送っているから
人にも同じ忍耐をさせようとする
イジメ気質な人。

 

私は新入りの頃こんなことをさせられた。
私はこんなふうに辛い思いをして学んだ。
だからあなたも同じようにしなくてはダメ。
楽に効率よく学ぶとかダメ。

慣習に従わなくてはダメ。

 

いますよね。

 


ずいぶん違うキャラクターに見えますが
根っこの部分は一緒です。

 

 


この二つのタイプの人には
どうしてこうなってしまったんでしょうか?

 

 

先ほどの例で考えてみると分かりますよね。

 

自分でやっているのに義務にしてますよね。


自分の人生は
自分でその時々で選んでいる自覚がないんですね。

 

 


自分の人生を
自分で選ぶことができない環境の人
今の日本ではそんなに多くないですよね。

 

自分の人生を自分で選べない環境とは
フランクルの「夜と霧」のような世界でしょうか。

 

他にも
子どもが虐待されている状況もそうですね。

 

皆さんの中には
本当に一生懸命頑張っているし
辛い状況であることに間違いない方もいるかもしれません。

 

 

厳しいことを言いますが


本当にそこから
抜け出す方法はないんでしょうか。

 

きっと
あるはずです。

 

 


環境の変化が怖い


今ある物を失いたくない


自分がそこで得たいものがあるから
そこにいる

こんな選択しているのではないですか?

 

これを認めずに


自由がない
仕方がなかった
そう自分に言い聞かせてしまうと

 

人に対しても
自由を与えないし
そうするしか仕方がない
と言うことになってしまうんです。

 

 

さっきの例で言えば

 

自分に厳しく猛烈にやるのは


人の期待に応えたいとか
自分の能力を誇示したいとか
その仕事が好きだからとか

何か自分なりの理由があって

選択しているはずです。

 

全力でやるけどプライベートも充実させたい
お給料に見合う仕事しかしたくない
評価が低くても迷惑がかからない程度しかやりたくない

 

そう考える自由だってあるはずです。

 


もう一つの例でも

 

自分が忍耐の人生を送っているのは


そこから動く勇気がない

考えることをやめている
今出来ることを探してやろうとしないなど

自分でそのままでいることを

選択しているはずです。

 


その場所で
本当に嫌だから不安だけどやめよう。
理不尽なことを言われて我慢しないで気持ちを伝えてみよう。
ただ耐えるだけじゃなく効率のいい学び方を考えよう。

 

そんな自由だってあるはずです。

 


自分が選択して
今のことをやっている。
ちゃんと自覚を持つことができれば
人に対して強いることは無くなるはずです。