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逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

養護施設③

養護施設にいる子どもたちは

 

もちろん
愛情に飢えています。

 

みんな
養護施設のスタッフに
構ってもらおう
愛してもらおうと必死です。

 

子どもの数の割に
スタッフの方は少ないので

 

何とか自分に関心を持ってほしくて
とにかく
まとわりつきます。

 


私はというと
策士だったので
養護施設のスタッフの望むことをして
愛されようと考え

 

とにかく
スタッフの負担にならないように
自分のことをちゃんとやる
進んで手伝いをする
まとわりつかない
という行動をとりました。

 

「良い子ねー」
「みんなも真似しなさい」

 

なんて言われ
そのときだけスタッフを独り占めできる。
そんなふうに
気持ちを満たしていました。

 

これは
かなりその後の私の行動に影響していて

 

直接
かまって!愛して!見て!
とアピールせずに

 

人の意図を理解して望みを叶えること
良い意味で目立つこと
によって
愛情を得ようとするという癖が残りました。

 


ところで
愛情飢餓の私には

 

つねに一緒にいた
うさぎのぬいぐるみがいました。

 

とても大きな・・・
といっても
4~5才の時の大きいという印象ですから
60センチぐらいでしょうか。

 

ウィニコットが提唱した
毛布やぬいぐるみなどを肌身はなさず持ち歩く行為
「移行対象」という概念があって
それは親離れの寂しさを埋めるためとされています。

 

私にとってのうさぎのぬいぐるみも
そのようなものでしょうか。

 

でも
私たちにとっては親離れも何も
もともといない訳ですから

 

親代わりとも言えるもので
移行対象よりも
激しく大事なものでした。

 


そんなうさぎのぬいぐるみ

 

里親に引き取られる日

 

こともあろうに
私をいじめていた女の子に

 

「これちょうだい」
と言われたのです。

 

もちろん
仲良くもない、嫌いな子です。

 

そうでなくても
自分の分身のような
大事な大事なぬいぐるみです。

 

あげるわけがありません。

 

激しく泣きながら
いやだと言いました。

 

しかしそこで
里親は
「もっと大きいの買ってあげるから。たみちゃん(いじめた子、まだ名前を覚えている)はここにいるのに可哀想でしょ」
と言います。

 

それでも拒否を続けました。

 

そこで
里親の顔が
本気で怒りに変わっていくのに気づきました。

 

里子が自分たちの言うことを聞かない
恥をかかされている
といった感情でしょうか。

 

だてに
ずっと人の意図を汲み取ってきていません。

 

これから世話になる人の機嫌を損ねてはいけない

 

そう悟った私は
胸が引き裂かれるような思いで
そのぬいぐるみを手放しました。

 

親なんていらないから
うさぎのぬいぐるみといたい

 

そんなふうに思って
いつまでも里親の家に向かう電車で泣いていました。

 


念願の親だったけれど
まったく嬉しくなかったのは
勘の良い私は
その親の裏を感じ取っていたのかもしれません。

 

そのとおり
もちろんぬいぐるみなんて
買ってもらえませんでしたし
虐待が始まるのです。