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逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

養護施設①

養護施設での経験
養護施設出身ゆえの苦悩を書いていきます。

 


養護施設という名称
いつから一般的になったんでしょうか?

 

私がいたころは孤児院と言われていました。
なかなか衝撃的な名称でしょう?

 

でも
私たちも周囲の人も
「施設」という言葉を使っていました。

 

なので
「施設」=親がいない人がいるココみたいな所
と私は思っていて

 

社会にさまざまな公共施設があることを知るのは
ずっと後のことでした。

 

さて
養護施設の皆さんのイメージってどんなでしょうね。

 

世界名作劇場のような
可哀想でひたむきな少年少女たちがいる場所
という感じでしょうか。

 


私が語ることができるのは

 

当たり前ですが
自分がいた一カ所だけなので
一般的な養護施設かどうかはわかりませんが
そこの経験から話をします。

 

私がいたのは東北の養護施設で
養子に出される小学校入学前までのことになります。

 

そこには
幼児から高校生ぐらいまでの子どもたちがいました。

 

年齢ごとに分けられていたので
年齢が上のお兄さんお姉さんたちとは
ほとんど交流はなく
たまにイベントがあるときに会える感じで
私は楽しみにしていました。

 


ところで
そこの子どもたちに悲壮感はあると思いますか?


私が知る限り
ありません。

 

そんな良い環境なのか?
みんな良い子なのか?

 

いいえ
違います。

 

私たちにとっては
その環境が
全てで当たり前だったんです。

 

自分たちが可哀想、惨めだと分かる
・・・というより
そう思わされるのは
学校に上がって外の世界の情報を知ってからです。

 


それに
目の前のことに必死なんです。

 

たとえば
施設のスタッフの愛情を得るとか
楽しいことが少ない日常で楽しいことを探すとか
寂しさをごまかすために笑っていたりとか(躁的防衛)で

 

暗くなっている余裕なんてないんです。

 

なんていうか
みんな生きることに必死で

 

ネガティブな雰囲気ではあるけど
エネルギッシュでした。