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逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

虐待⑦

虐待

養護施設から引き取られ
両親を得たものの

 

結局私は
親の愛情を感じることは出来ずじまいでした。

 

養父は
小学生の時から性的欲求の対象として
私を見ていたので

 

普通の親がするような
だっこも、ハグも、キスも、体に触れることも
全て違う意味を持っていて
こちらは純粋な甘えであっても
相手は性的な形で返してきます。

 

養母も
助けてくれることはありません。
義父の言いなりの人でした。  

 

そして

もっともつらいのは
養母は性的虐待になんとなく気づいていたようで

 

私を叱るときに
「この女!」「色気づきやがって!」
「体だけは立派になりやがって!」

 

という暴言を吐くんです。

 

小学生の子どもにです。

 


いま思えば
養母もつらかったとは思います。

 

働かされ、愛されず
いいように使われ

 

自分の子どもを生むことなく
よく分からない子どもを引き取って世話をする。

 


それは
つらいでしょう。

 

でも
子どもの私はもっと無力だったのに。
大人のあなたとは違って逃げられないのに。

 

どうして助けてくれず
その男の肩をもつの?

 

そう思っていました。

 


でも

 

ただ
たった一度

 

養母と心を通わせた
と私が感じたときがありました。

 

私が高校生の頃
もうほぼ大人として
二人と会話をすることが増え

 

養母のつらさも考えながら
自分への八つ当たりを受け入れながら
養母と接していました。

 

そんなとき
いつもの
理不尽で横暴なことを
養父に言われ
私がほとほと弱り切って
二人の機嫌をとって笑いを振りまくことも
できなくなっていたとき

 

「あんたも大変よね」
と一言いったのです。

 

あとにも先にもそれだけで
その後も結局は
養父のいいなりでしたが

 

この一言で救われた気がしたんです。

 

私が大変であること

 

誰にも分かってもらえなかったし

 

私も
自分で自分を労う余裕なんて
ありませんでしたから。

 

養母に対して
感謝なんてありませんが
それまでの恨みは
この一言でなくなりました。

 

 

 

 

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