逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

虐待④

小学生が自殺
という痛ましいニュース

 

周囲の反応は
小学生が自殺なんて考える?
というものが多いですね。

 

小学生というと
みなさんは
そんなふうに苦悩するイメージがないようです。

 


私は理解できるし
自分も一歩間違えば
同じことになっていたと思います。

 


小学校3~4年の頃
引き取られてしばらく経ち

 

虐待は加速し
命令も増え
友人と上手くやるにも難易度が高くなってくる。
ADHDの問題も悩みはじめる。
とてつもないストレスと万年睡眠不足で
いつも体調は悪く風邪をひいていて
倒れることも増えた。

 


虐待をされていることを表に出せたら

 

普通を諦めて
学校で無理をするのをやめることができたら

 

虐待に屈することができたら

 

きっと楽だったはずです。

 


ギフテッドなるゆえんでしょうか
全部やめられなかったんです。

 


それで限界がやってきます。

 

小学校3~4年の頃
自殺のことばかり考えていました。

 


屋上で写生の授業があれば
先生や友人の目を盗んで
ここから飛び降りることができないか

 


台所で家事をしていて居間に両親がいるとき
台所でバレずに包丁でひと思いに死ぬことはできないか。

 


本気で何度も何度も
ずっと考えてました。
でもシュミレーションをして
成功の確率は低く
失敗したら絶対にリンチにあうと思いできなかった。

 

それに
ADHDで感覚が敏感で痛みに弱かったので
単純に痛いのが怖かったのもあります。

 

長い間
そんなふうに
死ぬ気で過ごして死ねずにいて

 

一年たったぐらいでしょうか。

 

もうほとほと
疲れ切ってしまいました。
どうでもよくなってしまいました。

 

投げ出したわけじゃありません。

 

ここまできても
投げ出すことはできませんでした。

 


ああ
死ぬ気で生きようと思ったんです。

 

こんなクズのために
私が死ぬ必要なんてない

 

はっきりとそう思ったのを覚えています。

 


こう思えたのは

 

私が学校で頑張り続けて
少しだけど
友人と過ごして楽しいと思える時間もあったこと

 

リーダーとして尊敬されていたこと

 

自分は地獄でも周囲を笑わすことはできていたこと

 

こういう光があったからだと思います。

 

私のような状況では
なかなか光の部分を持つことは
難しいと思います。

 

私は運が良かった。

 


それに
もし今の時代だったら

 

確実に私は
今ここにいません。

 

確実に楽に死ねる方法を見つけて

やりとげてしまったでしょう。

 

あの毎日死のうと考えていた日々
あれを耐えた私にありがとうと言いたい。

 

 

 

 

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