逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

虐待③

ほとんど熟睡できない小学校時代

 

学校でゆったりできたら
休めていたでしょうが

 

ADHDの私は
休みません。

 

私にとって
学校は救いの場でした。

 

でも
決して
安心できる場所ではありません。

 


ADHDだから上手く学校生活はできないし

 

虐待されていることを隠しながら
子どものフリをしなければならない

 

友達と遊ぶことを制限されていて
友達がみんなが持っているものを持てないので
仲良くしづらい

 

いつも
嫌われないように
はずれないように
浮かないように
するにはどうしたらいいかと
つねに必死でした。

 

思い返すと
つねに緊張していました。

 


それでも

 

監視されていない
命令されない
殴られない

 

それだけで
楽園だったんです。

 

その楽園は守らなければなりません。

 

いくら虐待されていても
ADHDで変でも
友達と上手くやらなければ
学校も安息の場ではなくなってしまいます。

 

でも
虐待を受けながら踏ん張ってきた私は
すでに子どもではなく
周りの子どもと話が合うわけがありません。

 

24時間緊張状態なので
なにもなくても笑うという
無邪気な子どもの感じが
うまくできません。

 

そこで私が考えた作戦は
自分が人を笑わせること
自分がリーダーになること
でした。

 

自分が笑わせていれば

 

中心にいられます。
つまらないことに愛想笑いしないで済みます。
緊張がバレません。
つらさを忘れられます。

 


自分がリーダーになれば

 

変わっていることがカリスマ性に見られます。
周りに合わせなくて済みます。
孤立せずに済みます。

 


この作戦は大成功します。

 

明らかに変わっていて
子どもらしくなくて
馴染めなくても
つらいことを抱えていても

 

なんとか上手く学校生活をやっていくことができ
虐待をされているとバレることもありませんでした。

 

小学校では
家庭に問題がある子は
子どもの間ですぐバレます。

 

明らかに上手く馴染めず
はずれてしまう。

 

そういう子は
「あの子のウチやばいらしいよ」
なんて言われていました。

 

いやいや
私のウチの方がやばいよ
と思っていたものです。

 

 

 

 

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