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逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

虐待①

虐待

里親の虐待

 

どんなものだったのか
冷静に振り返ることができなかったときは

 

自分も悪いから

 

と思うことが多かったのです。

 

とくに私はADHDだったので
余計に自分のせい、しつけだ
そう思うことがありました。

 

でも冷静に振り返ることができるようになり
虐待について学んで分かったのは

 

パーフェクトの虐待だったことです。

 

身体的虐待
心理的虐待
性的虐待
経済的虐待
ネグレクト

 

残念ながら全て行われていました。


身体的虐待は
毎日行われていました。

 

ADHDなので
道路への飛び出しや大きな声を出したりしてしまうと

 

小学校1.2年生の体が1メートルぐらい
ふっとぶぐらいのビンタをされていました。

 

これぐらいのビンタは
ほっぺの痛みより
首のほうが痛く
倒れて転ぶ痛みのほうが強いんです。

 


また
里親は自分には品のかけらもないのに
何故かしつけをちゃんとしてやると思っていて

 

箸の持ち方が悪いとか肘をつくと(小学校一年生です)
思い切り頭をはたかれる。
これも正座している状態でも後ろに倒れるぐらいでした。

 


ADHDのせいで学校で先生に怒られたり
門限の5時を一分でもすぎたら
夕食抜き、冬でも夜まで家に入れてもらえない。

 

布団たたきやハタキの棒の部分で
思い切り、数分たたかれる。
お尻が痛くていすに座るのが大変だったし
背中に沢山のミミズ腫れがあって
体育着に着替えるのが恥ずかしかった思い出があります。

 

先生も気づいていたけど
ADHDの私をみて
単なるしつけだと判断されていたんだろうと思います。

 


今だったら
完全にすぐに通報されるレベルですが

 

この時代は
教師も生徒をビンタする時代なので
虐待なんてしつけとしか思われませんでしたし

 

性的虐待なんて存在するわけがない
という時代でした。

 

どこにも逃げられなかったんです。

 

警察に行ったって
親が100パーセント正しい、子どもがやんちゃなだけ

と思われる

 

先生も
しつけだとしか思わない、家庭のことに口出ししない

 

友達の親も
心配してくれる人もいたけど
一線を越えられないので
優しく接してくれるだけで詳しくは聞こうとしない。

 

なにより
駆け込み寺のような
SOSを出せる場所が無かったんです。

 


思い出すのは

 

こども相談室という
ラジオ番組のこと。

 

よくそれを聞いていました。

 

そこのパーソナリティのお姉さんとお兄さんが
そのとき私の周りにはいない
すごく優しく面倒見がいい感じで

 

聞いているだけで
ほんの少しだけ
救われたんです。

 

本当に大事な時間でした。

 


その番組では
みんな
他愛もない
学校の話や勉強の疑問などを相談しています。

 

あるとき
場違いだと分かっていたのに
どこにも言えなくて
苦しくて
何とか助けてほしくて

 

親がいない時間に
意を決して
何度も電話をかけました。
本当に必死にかけたことを思い出します。

 

結局つながらなかったけれど
生放送だったあの番組でつながったら
どうなったでしょうね。

 

なにも変わらなかったかもしれませんね。

 

 

 

 

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