逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ASD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

自叙伝

自叙伝㉓性的虐待を受けた私

私が受けた性的虐待の話をしたい。 このことについて詳細に書くかどうかはとても悩んだ。 私の友人も苦しむと思うし私を知る人にもつらい思いをさせてしまうと思う。 でもこれを書くことが必要だと思った。 性的虐待がどれほど日常に隠れているかどれほど自…

自叙伝㉒ディスレクシアの私

私はディスレクシアだった。 気づいたのは30代後半。 振り返ってみるととても普通に学業を出来る状態ではなかった。 よくこれでやってきたなぁと我ながら思うしこれだけのことが何故教師に発見されなかったのかと思うのだが 私の場合はやはり外側から見ても…

自叙伝㉑希死念慮を持つ私

小さい頃から「死」をいつも恐れていたのを思い出す。 「死」を恐れるといっても「死にたくない」という言葉だとしっくりこない。 私が「死」を恐れる感覚を言葉にしてみる。 闇に潜み、大きな恐怖を与えてくる得体の知れない幽霊やゾンビ 全てを一瞬に破壊…

自叙伝⑳監視する養父

養父は私を監視した。 養父は私をペットのように扱っていたのだろうか。 いやペットであれば愛情を注ぐだろう。 蟻のように扱っていたのかもしれない。 心の存在を無視して一方的に観察して、もてあそんで気に入らなければ痛めつけることしていたから。 私と…

自叙伝⑲ネグレクトに近い養育

私が被った虐待の一つ、ネグレクト。 本当のネグレクトというほどのものではないかもしれないがネグレクトに近い養育を受けていたのだと大きくなってから気づいた。 養父が気位が高かったから 養父の食事をきちんと用意するために夕食だけはきちんと作られた…

自叙伝⑱劣悪な家庭環境

私が育った家庭環境は著しく酷かった。 虐待をするような親はきちんとした生活を送れない人物である可能性も高い。 被虐待児は 虐待だけでなく養育環境が劣悪であることもまた大変な苦しみだ。 普通の環境で育った人にはとても信じられない環境だと思う。 家…

自叙伝⑰裏表の激しい養父母

一歩外に出ると養父母は人が変わる。完全に別人になる。 見栄っ張りで外面の良さは異常だった。 外での養父母は家の中に居る養父母よりは少しはマシだった。 感情が漏れ出てはいるけど感情を丸出しにしないし 馬鹿にされたくないという思いからその場だけで…

自叙伝⑯不安定で妄想的な養父母

また少し養父母との生活の話をさせてもらおう。 まずは 養父母がどんな人間だったか思い出してみる。 2人とも学歴は中卒。もちろん中卒でも頭の良い人も人格的に立派な人もいる。しかし養父母は知識も教養も無く、人格的に破綻していた。 養父は7~8人兄…

自叙伝⑮つねに体調不良を抱える私

私がつらかったことと言って浮かぶのは 虐待を受けたこと対人関係で苦労したこと こんなことが沢山思い出される。衝撃的な場面が多かったから思い出しやすい。 多くの人はつらかったことを思い出そうとすると大きく感情が動いた場面が浮かぶと思う。 しかし…

自叙伝⑭容姿にコンプレックスを持つ私

これまでどれだけ人と違っていたかを書いてきた。 不幸はまだある。 容姿も人と違っていた。 なんというか規格外という感じだろうか悪い意味で目立っていた。 今まで書いてきた行動をとってきたとしても もし容姿が普通だったり可愛い感じの雰囲気の子どもだ…

自叙伝⑬ASDの症状で困っていた子ども時代

ASDの時の自分もまたADHDの時と同じように自分ではコントロールが利かないという思いがあった。 両方コントロールが利かないのは同じだが逆方向に利かなくなる感覚がある。 ADHDの時は勝手に外に向かっていく感じ。ASDの時はどんどん内側に逃げて引きこもっ…

自叙伝⑫雑談が難しい私

私は 外向的な部分もあるけど超内向的特定の場面ではコミュニケーションが上手く取れない人の輪の中心にいないとその場にいるのが難しい人に合わせることが出来ない浅い人間関係を継続することに困難を抱えている でも人からの印象とは全く違うようだ。今の…

自叙伝⑪性別に違和感をもつ私

私は小さい頃から性別に対する違和感があった。 今はだいぶ受け入れているけれど少しだけ女性という性別に居心地の悪さは感じている。 性別に違和感を持っているというと性同一性障害のような実際の自分の性別と体が違っていることで苦しんでいるようなイメ…

自叙伝⑩奇人変人な私

愛着障害や発達障害の部分とある程度折り合いを付けられるようになってから 私は人からどう見られてきたかというと 育ちがいい苦労知らず生まれつき能力に恵まれている要領がいい こんな感じだ。 実際の私とは真逆である。 これもまた外側から見える姿と内側…

自叙伝⑨恐がりな私

ADHDの症状が出ている時の私は おしゃべりで明るく元気で積極的に人と関わり大胆で勇気がある行動をとる 人にはこの時の印象が強く残る。 人が私に持つ印象で自己イメージを作ってきたから私自身もADHDの症状が出ている私が私だと思っていた。 私は長い間 自…

自叙伝⑧感情を感じられない私

おしゃべりだった私明るく元気な私衝動で激しい行動をとる私積極的に人と関わる私ストレートにものを言う私 外から見える私はどう見たって傷つきやすく繊細に見えない。 だから私の中にあるこれまで書いてきたような大きな困り事は絶対に誰にも理解されなか…

自叙伝⑦感覚過敏の私

昔を思い返してみると私はすごく典型的なADHDの子どもだったけれど人から指摘されやすい目立つ特徴がADHDの部分だっただけで本当はASDの特徴の方が多かったんじゃないかと思う。 40を過ぎてからあぁ自分には感覚過敏があったのかと気づいた。遅すぎる。 私…

自叙伝⑥一日のうちに人が変わったようになる

小学校低学年1、2年生の頃はADHDの症状が一番ひどかった。 いやずっとADHDの症状はひどかったか。一番目につきやすい「衝動」の部分が特に出ていただけかもしれない。 私は分かりやすく元気があれば衝動や多動が激しくなり疲れてくると鬱のようにおとなし…

自叙伝⑤小学校入学でADHDの症状が表れる

引き取られた場所は東京の下町。 今からだいたい35年前。 養護施設から引き取られてからまもなく小学校入学だった。 この辺りを思い出すと 色とりどりの景色やめまぐるしく変わる場面沢山の感情が押し寄せる。 サブカルな映画のワンシーンみたいに明るい場…

自叙伝④養護施設から引き取られる

養護施設から引き取られる日の記憶は結構残っている。 私にとってこの日は私の人生を大きく変えた日。 人生の転機・・・というか 私には選択肢なんてなかったから人生の転機とか人生の岐路とも違う。 長く続く暗黒の日々への入り口か。 余談だが小学校でドナ…

自叙伝③愛情を与えられずに育つ

私が居た養護施設は岩手県にあった。 ここがすごい山奥で田舎だったと思う。 雪深い景色の中がっつりとスパイクがついた靴やミニスキーを履いて移動した記憶がある。 養子に入る前の私の名字はそこの土地独特の名字のようで非常に珍しく何だか可愛らしい名字…

自叙伝②どこの馬の骨ともわからない

自分の人生を振り返った時に記憶のあるのはどこからだろうかと考える。 母のお葬式だろうか。いや、その前に母に抱かれて聴いた歌声を覚えている。抱かれながら見た公園のフェンスや花も覚えている。 歌は「バラが咲いた」だった。6歳くらいの時に「小さい…

自叙伝①はじめに

二年前臨床心理士として開業するにあたり「集客はどうしたらいいか」と悩みました。 楽観的というか、傲慢なところもある私は時間が経てば私だったら予約が取れないカウンセリングルームになるだろうなどと根拠の無い自信を持っていました。 でも一方で臨床…