逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ASD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

自叙伝㉚妄想的な私

現実の世界から離れ
自分の世界に入っていくと

 

観察をしているようで
現実を現実として捉えられなくなる。

 


私自身は
ずっと世界がはっきりと見えていると思っていた。

 

でも本当は
ぼんやりとしか見えていない世界を
自分の頭で作り上げたものによって補完していたのだ。

 


怖さや衝撃が多い時
自分には手に負えないと思う時
落ち込みや疲労がピークの時

 

特に自分の世界に深く入りこみやすくなる。


現実を自分の世界の方に引き寄せ
どんどん現実の方を歪めて
私は妄想的になっていく。

 


境界性人格障害の頃は
特にそれがひどい時期だった。

 

 

 

妄想的な状態で
どのようなことが起きていたのか思い出してみる。

 


現実の世界が見えるようになった今だから分かる。

 

私はずっと
目の前の人がどんな人であるかを全く見ていなかった。

 

 

 

目の前の人の発した言葉に
自分の感情や推測が沢山入りこんで

 

その人の発した言葉の意味やその人の人格は
私の思い込みによって作り上げられていたのだと思う。

 


例えば

 

私から誘った時に
誘った相手から

 

「ちょっと忙しくて無理かな」
と言われれば

 


きっと誘いが嫌だったからそう言っている。
この人は暇な時だけ都合良く私の誘いに応える。
前回会った時私が言ったことに怒っている・・・

 


何の根拠もないのに
どんどんネガティブな事を考え始める。

 

このような考えも
可能性の一つとして考えるのなら誰しもあることだと思う。

 

私の頭の中では
可能性の一つではなくて
もうこれが真実として処理されているのだ。

 


そして今度は

 

私が妄想で作り上げた事実
「相手が自分に対してネガティブな関わりをした」
ことに耐えられなくなって
相手への攻撃に転じる。

 


きちんと断らずに思わせぶりな返信をするのは酷い人間だ。
私は何にでも応えたのに恩を仇で返すなんて酷い人間だ。
私が発した言葉をいつまでも覚えているなんて執念深い人間だ。

 


まだ相手の行動の意図は分かっていないし
この一度の行動だけで相手の人間性なんて分かるわけがない。
私だって同じようなことをやることもあるのに自分を棚に上げて

 

どんどん相手への怒りの感情を大きくしていく。

 


そんなふうに
何日も現実とは離れて
自分の妄想を膨らませ怒りを大きくしている時に
その人から連絡が入ることもある。

 

「こないだは誘ってくれてありがとう。
 やっと仕事が落ち着いたからどうかな。」

 


少し妄想が良くなっていた時は
かけてくれた言葉でやっと冷静になり
相手のこれまでの言動を思い起こすことが出来た。

 


そういえば
いつも私の誘いを喜んでいて
忙しくても他の予定を調整してまで
何とか予定を入れようとしてくれていた。

 

いつも誤解されやすい私の言動も
許して理解してくれていた。

 


全てが自分の妄想だったのだと気づく。

 

 

 

しかし境界性人格障害の時は
これでもまだ怒りを収められず
自分の妄想に気づけない。

 

「自分の都合で私を振り回す」
「私を馬鹿にしている」

 

などとさらに怒りを大きくして
また相手の人格否定のループに入っていく。

 

 

 

ただ私は友人を誘って

 

「ちょっと忙しくて無理かな」

 

と言われただけである。

 


たったこれだけの出来事で
妄想をどんどん膨らましていって
相手の人格まで否定するところまでいってしまうのだ。

 


ひどく妄想的だったときは

 

相手がどんな意図で言葉を発したのか
知ろうともしなければ考えようともしなかった。

 

相手がこれまで自分に対して
どんな言動をとっていたかを思い返して
相手の人間性を考えようとしなかった。

 


妄想の世界では

 

言葉を発した人の言葉の意味は
私の妄想的な解釈が決めるものだった。

 

私の妄想的な解釈でその人の人格を作り上げて
誰も彼も私の妄想で作り上げられた人格で
私は現実のその人を全く見ることが出来ていないのだ。

 

その妄想で作り上げた人の人格も
自分の気分で大きく変わってしまうから
同一人物の人格は日々、刻々と変わる。

 


だから
いつも人に対して
理想化とこきおろしを繰り返していたのだ。

 

 

 

こうして現実から離れていくと
妄想はどんどんエスカレートしていく。

 

自分が見たいように
自分の都合の良いように世界をとらえるようになっていく。

 

 

 

私が何かの失敗をしたとする。

 


私が無責任で準備不足だった
私が高をくくって力を抜いてやった
私の能力がまだ未熟だった

 

そんなふうに
私に原因があって起きた失敗は沢山あったと思う。

 


そんな場面でも

 

あの人があんなふうに邪魔をしたから。
あの人が私の思うように動いてくれなかったから。
思いも寄らないトラブルが起きたから。
そもそも不利な状況でやらされた。

 

全部誰かや何かのせいにする。

 

ほんの一部そういうことがあっても
失敗の原因にはなり得ないことである。

 


さらに酷いことに
私の失敗のせいで迷惑を被った人にまで怒りを向ける。

 


私は一生懸命やったのに認めないなんて非情な人間だ。
こんなに感情的に人を責めるなんて大人としておかしい。

 

 

 

ただ誰にでも日々起きる失敗という出来事が起きただけで
こうして人や環境に対して怒りをどんどん大きくしていく。

 

 

 

こんなふうに自分勝手に妄想を膨らませ
全ての出来事に対して

 

「自分は正しく、他人は間違っている」
と思っていれば

 

それは当然
人から疎まれる。

 


妄想的なときは
自分が人から疎まれているということすら
自分の見たい世界に持って行くのだ。

 


私は嫌われたのではない。私が先に嫌った。
私を嫌うその人は私にふさわしくなかった。
こんな純粋な私を嫌うなんて嫌う方が悪人だ。

 

 

 

人から疎まれることが増えている時に
人が私に少し優しくしたり好意を示すと過剰に反応する。

 


あの時もこの時も優しかった。
この人は私のことが大好きで私のことをいつも思ってくれている。
私を好きだと言ったから私のためなら何だって出来るはず。
私をこれだけ好きだと言ってくれる人はこの人だけ。運命の人だ。

 

恐ろしいことだが
妄想的になっている私が本当に思っていたことだ。

 

 

 

さらに世界まで妄想的にとらえるようになる。

 

映画の世界のように
ドラマチックに世界を捉えて
美しく刹那的に
狂気的に絶望的に
夢や希望の満ちあふれたように

 

その時の自分の気分で作り上げた世界で生きていた。

 


周囲の人が現実を生きているのに
私は日々世界を妄想的に捉えているから
上手く関われるはずが無かった。

 

 

 

境界性人格障害の時
私は自分の性格の悪さに心底絶望していた。

 


私の場合

 

ここまで書いてきた妄想から覚めることが
短いスパンで起きていた。

 


人や世界に対して妄想を展開させても
数日で現実が見えてくる。

 


自分がどれだけ

 

理不尽に人を責めたり
自分を正当化したりしたか

 

自分がどれだけ未熟で馬鹿だったか
自分がどれだけ恥ずかしい言動をとったか。

 


現実が見えてきたときに
恥ずかしくて恥ずかしくて
死にたい気持ちになるのだ。

 


これが数日ごとに起こる。
どんなに恥ずかしくて絶望しても
感情的になって妄想的になるとまた同じ事を繰り返す。

 

そして数日後に自分を嫌悪する。

 


本当に苦しい日々だった。

 

 

 

心が回復した今だから分かるのは

 

境界性人格障害の時
私は妄想の世界に入りこんでいたということ。

 


どんなに自分を責めても努力しても
必死に考えても
妄想の世界から抜け出せなければ何をしても無駄だったのだ。

 


必死に自分を治そうと努力をして
それでも同じ事を繰り返して
自分を嫌悪して恥じて見限って

 

本当に苦しい日々だった。

 


私に必要だったのは
自分の世界から外の世界に踏み出すこと。

 

妄想から抜け出すことだったのだ。